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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)11595号 判決 1973年3月29日

原告 岩木慎爾

原告 岩木とよ子

右原告ら訴訟代理人弁護士 佐伯静治

同 藤本正

同 吉川基道

同 大竹秀達

右原告ら訴訟復代理人弁護士 佐伯仁

被告 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

右訴訟代理人弁護士 三谷清

右指定代理人 島田信次

<ほか三名>

主文

(一)  被告は、原告岩木慎爾に対し金一〇七万四九八五円、原告岩木とよ子に対し金一二万五〇〇〇円、および右各金員に対する昭和四四年一一月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  原告らのその余の各請求を棄却する。

(三)  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担、その余を被告の負担とする。

(四)  この判決の第(一)項は、原告岩木慎爾においては金三五万円の担保をたてたとき、原告岩木とよ子においては金四万円の担保をたてたときそれぞれ仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告は、原告岩木慎爾に対し金一五二万六〇八五円、原告岩木とよ子に対し金六二万五〇〇〇円、および各金員に対する昭和四四年一一月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言

二  被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告岩木慎爾(以下原告慎爾という)は訴外岩木織物株式会社に勤務し、原告岩木とよ子(以下原告とよ子という)は原告慎爾の妻で訴外三和樹脂工業株式会社に勤務し、原告両名は肩書地において平和な家庭をいとなむ者である。

(二)  (事件の発生)

原告慎爾は、昭和四四年六月二八日午後九時頃、国鉄新宿駅西口バス停留所プラットホーム上の一七番停留所付近(別紙図面(二)イ点)で帰宅のため他の人々とならんでバスの来るのを待っていた。

当日は新宿駅地下広場ではフォークソング集会が行われ、午後九時頃には既に出動した警視庁機動隊により集会参加者に対し規制がなされガス銃も発射されたが、地上ではバスや自動車も動いておりバス待ちの人々は平穏に並んでいる状態であった。

ところが警視庁機動隊所属の警察官約二〇名ないし三〇名が制服を着用し、ヘルメットやジュラルミン製楯などで身を固め、新宿駅西口交番付近から原告慎爾らのいるプラットホームに沿って道路上を別紙図面(二)のスバルビルの方向に進行し、右機動隊の隊列の先頭が原告慎爾のいる付近にさしかかるや、全く突然に先頭付近の隊員が隊列をはなれプラットホーム上に立っていた原告慎爾の方に近づき、原告慎爾の左腕をつかんで強く引張って道路上に引きずり出し(別紙図面(二)ロ点付近)、後続する他の隊員達も一緒になって原告慎爾を機動隊の隊列に引き込んで楯で押したり突いたりして同人を道路上に転倒させたうえ、口ぐちに「逮捕しろ」「検挙しろ」などと叫び、この事態を目撃した人々の「その人は何もしていない」「なんでそんなことをするのか」などとの制止の声を無視して転倒した原告慎爾に対しそれぞれ土足で踏みつけたり、けったりする等の暴行を加えた後、安田信託ビルと工事中のビルの間の道路を別紙図面の矢印の方向へ走り去った。

原告慎爾は右のような暴行によって全治五か月を要する右大腿骨頸部骨折の傷害を受けた。

(三)  (被告の責任)

右のとおり本件事故は、警視庁機動隊所属の警察官がその職務を行なうについて故意または過失によって原告慎爾に対し、前記のとおりの暴行を加え原告慎爾をして前記のとおり負傷せしめ、そのために原告らが(三)記載のとおりの損害を受けたものであり、右警察官らは被告都の公務員であるから被告は国家賠償法一条によって原告らの受けた損害を賠償する責に任ずべきものである。

(四)  (原告らの損害)

1 原告慎爾の損害

(1) 休業損害 合計五二万五〇〇〇円

原告慎爾は、本件負傷の療養のため昭和四四年六月三〇日から同年一二月三日まで勤務先である訴外岩木織物株式会社を欠勤し、賃金一か月あたり六万五〇〇〇円の五か月分計三二万五〇〇〇円、賞与二〇万円、以上合計五二万五〇〇〇円の支払いを受けることができなかった。

なお被告の主張中、原告慎爾が健康保険による傷病手当金計一五万三六〇〇円を受領したことは認める。

(2) 慰謝料 一〇〇万円

原告慎爾は、平穏にバス待ちのため行列していたところ、全く何の理由もなく多数の市民の目前で、本来国民の生命、身体、財産の保護にあたるべき警察官から前述のような暴行を受けて右大腿骨頸部骨折の傷害を負い、そのため同年六月二九日から七月一四日まで入院治療、これに引続き自宅で一か月半の間安静加療、その後も同年一二月八日までほぼ連日の通院加療を行なったが、現在も痛みを残し、走ったり、階段の昇り降り又はあぐらをかくなどの日常の行動にも不自由をきたすほどの後遺症を残している。

そればかりか原告らは、本件訴訟提起までに警視庁および淀橋警察署に対し事実調査を要望したがなんら誠意のある態度をとらないので、不自由な体をおして自らビラを配るなどして目撃者をさがし出す努力をした。

右のような本件違法行為の態様、原告慎爾の受傷の程度、訴提起までの経緯によれば、原告慎爾の受けた精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇万円を下らない。

(3) 入院中および療養中の治療費および雑費合計一万四〇八五円入院費本人負担分五七六〇円、松葉杖二三〇〇円など合計一万四〇八五円の支出を余儀なくされた。

(4) 弁護士費用等 合計一七万円

原告慎爾は事件後警視庁或いは淀橋警察署と補償について折衝を重ねたが、何らの誠意ある態度を示さず、そのため自ら目撃者をさがす一方、昭和四四年九月二二日に至り原告代理人佐伯静治ら四名の弁護士に事件を依頼し、同年一〇月一日訴訟実費として二万円を同弁護士らに支払い、なお本件訴訟一審判決言渡時に一〇万円を支払うことを約した。さらに原告慎爾は、目撃者をさがすためのビラの印刷代(二〇〇〇円)、交通費(一万五〇〇〇円)、接待費等合計五万円以上の支出を余儀なくされた。

2 原告とよ子の損害

(1) 休業損害 合計一二万五〇〇〇円

原告とよ子は、原告慎爾の前記負傷による入院中および自宅療養中その付添、看護などのため、訴外三和樹脂工業株式会社を昭和四四年六月三〇日から同年一二月七日まで欠勤し、その間の賃金一日あたり一〇〇〇円の一三四日分計一三万四〇〇〇円の支払いを受けることができなかった。そのうち少なくとも一二万五〇〇〇円は、本件機動隊員の違法行為と相当因果関係にある損害である。

(2) 慰謝料 五〇万円

1(2)に主張した事実に照らせば、原告とよ子もまたその固有の慰謝料を請求できるものである。原告とよ子は、夫である原告慎爾が理由もなく機動隊員に暴行されて重傷を負ったため、その看病に日夜心を砕いたばかりか、身体の不自由な夫を助けて補償のための交渉や目撃者さがしに努力し、さらに生活上の不安も加わってその精神的苦痛は大きく、これに対する慰謝料は五〇万円を下らない。

(五)  (結論)

よって原告慎爾は(四)1(1)記載の損害のうち三四万二〇〇〇円と同(2)ないし(4)記載の損害との合計一五二万六〇八五円、原告とよ子は(四)2(1)(2)記載の損害の合計六二万五〇〇〇円、およびそれぞれについて事件発生の日以後である昭和四四年一一月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだものである。

二  請求原因に対する認否および被告の主張

(一)  請求原因(一)記載の事実は知らない。

(二)  請求原因(二)記載の事実中、原告ら主張の日に新宿駅地下道路(新宿駅西口地下道路は原告らの主張するごとき広場ではない)で集会が行われ午後八時三〇分ころ同所附近が混乱していたこと、午後九時ころ警視庁機動隊が出動しガスが使用されたこと(ガス銃ではなくガス筒発射器具により発射されたものである)、地上ではバスや自動車が動いていたこと、原告らの主張する方向へ進行した警視庁機動隊の部隊があったことは認めるが、機動隊員の一部が原告に暴行を加えた後原告らの主張する方向に走り去ったことは否認する。その余の事実は知らない。

(三)  請求原因(三)記載の事実中警視庁機動隊所属の警察官が被告都の公務員であることは認めるが、その余の事実は否認する。かりに警察官が原告慎爾に暴行を加えたものとしても、それらの警察官が特定されない以上被告は国家賠償法一条に基づく責任を負ういわれはない。

(四)  請求原因(四)記載の事実中原告慎爾が平穏にバス待ちの行列中機動隊員から暴行を受けたことは否認する。その余の事実は知らない。

(五)  なお原告慎爾は訴外東京実業健康保険組合から昭和四四年七月二六日から同年一一月三〇日までの一二八日間分の傷病手当金として一五万三六〇〇円の給付を受けたから、少なくとも右受給額の限度で原告慎爾の休業損害は填補された。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  (本件事件当時の状況)

≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。

(一)  昭和四四年六月二八日、べ平連、全国全共闘等の学生、青年達が東京都新宿区角筈国鉄新宿駅西口地下道路附近に集り反戦フォーク集会を行い(同日同所で集会が行われたことは当事者間に争いがない)、午後八時頃各グループごとにデモ行進をはじめた。

(二)  そこで警視庁第五機動隊第四中隊(以下五機四中隊という)七四名、第八機動隊第二中隊(以下八機二中隊という)五二名、第八機動隊第四中隊(以下八機四中隊という)五七名は、当日前記デモ等による群衆の整理と警備のため午後八時頃国鉄新宿駅西口附近の別紙図面(一)記載の日の丸自動車附近の道路上(以下日の丸自動車附近の道路上という)に出動した。

(三)  右機動隊のうち八機二中隊は、新宿駅西口方面からくるデモ隊と別紙図面(一)記載の朝日生命及び第一銀行と富士銀行及び東海銀行等との間の道路上(以下朝日生命と富士銀行との間の道路上という)で対峙し、群衆の投石を防ぎながら前進後退を繰返し、デモ隊もバリケードを構築して応戦したため午後八時五九分頃違法行為者を検挙せよとの命令が下され、ガス筒が発射され、逃走するデモ隊を追跡して別紙図面(二)記載スバルビル(以下スバルビルという)の横から同図面記載噴水(以下噴水という)の横を通り、同図面記載京王バス案内所(以下京王バス案内所という)と同図面記載小田急入口(以下小田急入口という)附近で検挙活動をなし、その後撤退の命令を受けて同所附近で一たん集結し、同図面記載交番(以下交番という)のところから後記八機四中隊に二、三〇メートル後れて同図面記載⑯~⑲のバス停留所(以下⑯~⑲バス停留所という)の側を通り、同図面記載松岡セントラルビルと星和ビルの間(以下松岡セントラルビルと星和ビルの間という)を抜けて午後九時三分頃前記日の丸自動車の場所に撤収した。

(四)  八機四中隊は、違法行為者を検挙せよとの緊急出動命令を受け、後記五機四中隊と協力し、同中隊のあとを追って朝日生命前の道路を松岡セントラルビルと星和ビルの間の道路を通り、逃走するデモ隊を追って⑯~⑲のバス停留所を含めこれと並行している合計四本のバス停留所を斜めに横切って京王線入口京王バス案内所附近に至り、同所で撤退命令を受けて交番の横から⑯~⑲のバス停留所の横を通り、松岡セントラルビルと星和ビルの間に午後九時〇二分頃戻った。

(五)  五機四中隊も八機四中隊と協力し、松岡セントラルビルと星和ビルの間の道路上に午後八時五五分頃前進し、投石集団の逃走進路を遮断するよう命令を受け、違法行為者を検挙すべく午後八時五八分頃逃走を開始した投石集団を追跡し、⑯~⑲のバス停留所と並行している別紙図面(二)記載の二本の都バス停留所(以下都バス停留所という)の間を通り、⑯~⑲のバス停留所に近い方の都バス停留所を横切って小田急デパート前から京王バス案内所附近に至り、同所で集結した後撤退命令を受け、⑯~⑲のバス停留所の横を通り松岡セントラルビルと星和ビルの間の道路に午後九時〇二分頃撤収したが、午後九時〇六分頃地下道路で私服の警察官が暴行を受けているので救出せよとの命令を受け、別紙図面(二)記載地下駐車場入口(以下地下駐車場入口という)に急行したが、同所からは地下道路に入れないので、同図面記載都バス停留所の地下入口(以下都バス停留所地下入口という)から地下道路入り、右地下入口の隣りの都バス停留所地下入口より地上道路に出て、もとの場所に撤収した。

二  (本件事件当日の原告慎爾の行動)

≪証拠省略≫によれば、原告慎爾は同夜小田急デパート内にある理髪店へ行くため自宅を出て同日午後八時三〇分頃地下広場附近まで来たが、あたりが前記認定したとおり混乱した状況で騒然としていたので自宅へ帰ることにし、しばらく周囲の様子を見物したあとバスに乗るため⑯~⑲のバス停留場にあがり、さらにしばらくあたりの様子を見物した後、⑰番停留所附近の別紙図面(二)記載イ点でバスの来るのを待っていたことが認められる。

三  (本件事件の発生)

原告らは、原告慎爾が右バス停留所でバスの来るのを待っている間に機動隊により暴行を受けた旨主張するので、その事実の有無について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

原告両名は、原告慎爾が機動隊により暴行を受けたとして淀橋警察署や法務省人権擁護局に申出て調査を求めたが、自らも目撃者を探し出して事実を裏づける必要があったので、原告両名は協力して昭和四四年九月一二日頃「お願い」と題する「六月二八日土曜日(地下広場で集会のあった日)午後九時頃帰宅の途中新宿西口バス停留所でバスを待っていたところ、交番方向から警察機動隊が来ていきなり私の腕をつかみ隊列に引込み暴行され、翌日入院、右大腿骨頸部骨折全治四ヵ月の重傷を負わされ、目下療養中です。警察に届けましたが、目撃者(証人)が居ないから事実の認定ができないという返事でした。又人権擁護委員会の調査も目撃者がわからないため調査は進みません。そこで思い当る人は(事項を箇条書に書き)御協力ねがいます。」という趣旨のビラを一般歩行者に配って目撃者を探したところ、新聞に原告慎爾がビラ配りをしている写真入りの記事が掲載され、これを読んで目撃者として石井哲および島田路代が朝日新聞社に電話で連絡してきたことが認められる。

(二)  そこで目撃者として申出た右両名の証言についてみるに≪証拠省略≫によれば、当時の経緯は次のとおりであったことになる。

すなわち、石井哲は、同日、国鉄新宿駅西口地下道のフォークソング集会に参加してから同集会のデモ行進とともに地上に出てスバルビル前の歩道上にしばらくいたが、その後は、⑯番と⑰番のバス停留所附近にいて機動隊とデモ隊が噴水附近で衝突している状況などを見物し、その間機動隊に対し周囲の人と一緒に「機動隊帰れ」と怒鳴ったりしていた。また島田路代も、勤めの帰りに⑯番と⑰番のバス停留所附近でデモ隊と機動隊の衝突の状況を見物していた。そして同人らは時々⑯番バス停留所側の地下出入口を上ったり下りたりしていたが、同人らが⑯番と⑰番のバス停留所の中間附近にいた午後八時四五分ないし九時頃、警視庁機動隊の出動服とヘルメットを着用し楯を装備した三〇名位の一隊が、小田急デパートの方からスバルビルの方向に⑯番~⑲番のバス停留所の進行方向右側に沿ってバス通路上を小走りに進行して来て、右隊列の先頭が同人らと同じバス停留所附近で帰りのバスを待っていた原告慎爾の前を通り過ぎた直後、隊列の先頭附近にいた隊員の一人が隊列から離れて原告慎爾に近着き、同人の腕をつかんでバス通路上に引張り出し、さらに後続の隊員が同人を楯で押したりして別紙図面(二)記載ロ点附近で転倒させ、右半身を上にして倒れ何らの抵抗もしない同人を隊列中の約一〇名位が取り囲むようにして、口々に「検挙しろ」「逮捕しろ」など叫びながら、こもごも同人の足や腰を蹴ったり、楯で押したりしつつ、手をつかんで隊列の進行方向に別紙図面(二)記載ハ点まで引づって行くなどの暴行を加えたが、附近の目撃者より「その人は何もしていない」などと抗議を受け、さらに原告慎爾を救い出そうとした者もあったので、前記一隊は原告慎爾をハ点附近に残して隊列を整えながら星和ビルと松岡セントラルビルの間の道路を西方に走り去った。そして原告慎爾が右暴行を受けていたのは比較的短時間のことであった。

(三)  次に右両名の証言と矛盾すると思われる証拠について検討する。

1  ≪証拠省略≫によれば、京王帝都電鉄株式会社中野営業所では、同夜同営業所の管轄下にある国鉄新宿駅西口前附近はデモ行進等で混乱状態となることが予想されたので、同営業所浅井助役と交通整理担当の新井俊夫ら五、六名が午後五時頃より現場に急行して警戒と状況視察に当り、午後八時頃同営業所を水野清次も右助役の報告により現場にタクシーで同営業所員房前栄子とともに急行したこと、そして同所長の指示により午後八時四〇分頃国鉄新宿西口前広場へのバスの進入を規制してバスの運行系統を変更し、そのため午後八時五〇分か午後九時頃には同停留所でもバスの発着もなくなったのであるが、同時刻頃本件現場近くにいた右房前栄子も新井俊之も前記認定のような原告慎爾が機動隊に暴行を受けた状況は目撃していないことが認められる。

しかしながら、同人らは機動隊とデモ隊の衝突等の状況を見物していたのではなく、交通整理等の仕事に従事していたものであること、当夜現場附近は騒然としていたことのほか、同人らの証言によって認められる同人らはその頃後に述べる原田行子が学生らに対し本件バス停留所附近でデモ行為等に対し抗議をし学生ら二〇名位に取囲まれ話合っている状況についても目撃していないこと、房前栄子は終始同所附近にいたわけではないこと等を考慮すると、原告慎爾が機動隊に暴行を受けた時間が比較的短時間であったとすれば、同人らが右暴行の場面を目撃していないことも十分あり得ることであって、これをもって直ちに前記証人石井哲、同島田路代の各証言を否定しなければならないとはいいがたい。

2  次に原田行子の証言によれば、同女は同日勤務先である中央区日本橋浜町の高崎貨物自動車株式会社からの帰途、バスに乗るため国鉄新宿駅西口前の⑯番のバス停留所に行き、同所附近で午後八時頃から午後一一時頃まで機動隊と学生等デモ隊の衝突の状況を見物していたが、その間午後九時か九時過ぎ頃、小田急デパートの方からスバルビルの方に向けて機動隊が隊列を組んで通ったが、原告慎爾が機動隊より暴行を受けた状況は目撃していないことが認められる。しかしさらに右証言によると、同女は⑯番バス停留所附近で学生らにデモ等一般の人に迷惑をかける行為について抗議を申入れ、二〇名位の学生らに取囲まれて話合ったが、その時刻は同女が⑯番バス停留所についた時刻(午後八時過頃)と機動隊が通過した時刻(午後九時過頃)の中間であって、かつ、前記京王帝都電鉄株式会社中野営業所がバスの運行系統の変更をしたためバスが停留所に来なくなった後であり、右会社の新井俊之、房前栄子が同所で交通整理の仕事に従事している姿は目撃していない旨供述していることから考へれば、原告慎爾が機動隊に暴行を受けたのが短時間の間の出来事であったとすると、同女がこれを目撃しなかったことも十分あり得ることであって、これをもって直ちに前記証人石井哲、同島田路代の各証言を否定しなければならないとはいいがたい。

3  ≪証拠省略≫によれば、原告慎爾が機動隊から暴行を受けた事実について淀橋警察署に調査を申出たため、前記五機四中隊では右申出直後の昭和四四年七月頃および本件訴訟提起後の昭和四五年一月頃に、八機二中隊および同四中隊では昭和四四年七月頃および本件訴訟提起後である同年一一月頃に、各機動隊長の指示で各中隊所属の隊員をそれぞれ一堂に集めて原告慎爾に暴行した事実の有無について調査したが、暴行の事実を認めたり他の隊員が暴行しているのを現認したことを申出た隊員はいなかったことが認められる。

しかしながら、監督者が、暴行の被疑者およびその同僚である部下から自発的に加害の事実についての申出を受けようとしても、その申出を得ることは容易に期待できないのが一般であり、機動隊員であってもこれと異るところがあるとは考えられないから、右のような調査において申出る隊員がいなかったとしても、これをもって直ちに本件暴行の事実を否定する資料とすることはできない。

4  ≪証拠省略≫によれば、原告慎爾は大腿骨頸部骨折の傷害を負っていたのであるが、右傷害の原因としては、骨折部分に外部から直接に力が加わること(直達外力)によるものよりも、体の他の部分に外力が加わったためてこの原理によって骨折部分に力が加わること(介達外力)によるものの方が多いこと、原告慎爾の場合骨折の状況から見て介達外力による骨折と考えられることが認められる。

従ってそうとすれば原告慎爾の右大腿骨頸部骨折は、直接同部位を蹴られたり踏まれたり楯で押されたりしたことによって生じたものとはいえないけれども、前記認定のとおり原告慎爾は、直接右腰部に対して暴行を加えられたばかりでなく、転倒させられ、足部を踏まれたり蹴られたりしているのであるから、この間に右大腿骨頸部に介達外力が作用したことも充分ありうることであり、さらに原告慎爾本人尋問の結果によって認められる同人が転倒して機動隊員にかこまれた時なぐられたのか蹴られたのか全身しびれるような衝撃を五、六回受けたこと、機動隊員が立去った後バス停留所にいた人が助け起してくれたが、右足がしびれて踏もうとすると痛くて歩けなかったことに照らせば、前記≪証拠省略≫は、機動隊員の暴行と原告慎爾の負傷との間の因果関係を否定するものとはなしがたい。

5  他に前記証人石井哲および同島田路代が目撃したと証言する事実の存在を否定するに足る証拠はない。また右各証言が意図的に虚偽の事実を述べたものであることを窺わせるような資料もない。

(四)  以上説示したところからすると、証人石井哲および同島田路代の目撃者としての証言は信用できないものではなく、これと≪証拠省略≫によれば、原告慎爾は昭和四四年六月二八日午後九時頃、国鉄新宿駅西口前広場⑯番と⑰番のバス停留所附近で警視庁機動隊所属の警察官約一〇名から暴行を受けたものと認められ、≪証拠省略≫によれば原告慎爾は右暴行により少くとも全治五ヵ月を要する右大腿骨頸部骨折の傷害を受けたことが認められる。そして他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

四  (被告の責任)

(一)  被告東京都が国家賠償法一条にいう公共団体にあたることは明らかであり、警視庁機動隊所属の警察官が被告都の公務員であることは当事者間に争いがない。そしてさきに認定した事実を総合すると、原告慎爾に暴行を加えた警視庁機動隊所属の警察官約一〇名は機動隊に投石する等して騒いでいた群集を鎮圧するために出動し、当時隊列を組んで移動する途中だったものであり、他方原告慎爾には警察官から逮捕その他身体に実力行使されてもやむをえないような事由はなかったのであるから、結局右警察官らが原告慎爾に暴行を加えたのは、公権力を行使して職務を行うにつき少くともなんらかの誤認があり過失があったものと推認することができる。

(二)  被告は、原告慎爾に対して暴行を加えた警察官が特定されていない以上、被告が国家賠償法一条に基づく責任を負担するいわれはないと主張する。

しかしながら、国家賠償法一条に基づく損害賠償の請求に対し国又は公共団体をして損害賠償の責任を負わせるためには、加害者が国又は当該公共団体の公権力の行使にあたる公務員であって、その違法行為が右公務員が職務を行うについてなされたものであることが認められれば足り、必ずしもそれ以上にその加害者が特定される必要はないと解すべきである。もとより加害者が個人的に特定されれば事実関係がより明確になることはいうをまたないけれども、本件のように隊列を組んで移動中の機動隊の隊員のうち一〇名位の者が短時間に暴行を加えたうえ馳け去った場合に、被害者をしてその加害者を個人的に特定させることはほとんど不可能なことを要求するものであり、また必ずしもその必要はなく、加害者が被告都の公権力の行使にあたる警視庁機動隊所属の警察官であることが認められる以上、その者が個人的に特定されていないからといって被告の責任を免れさせることはできない。

(三)  従って被告は、右警察官らの前記行為の結果生じた損害につき賠償する義務がある。

五  (原告らの損害)

(一)  原告慎爾について

1  逸失利益 金四七万七三〇〇円

≪証拠省略≫によれば、原告慎爾は、前記のような警察官の暴行によって右大腿骨頸部骨折の傷害を受け、昭和四四年六月二九日から同年七月一四日まで伊藤外科医院に入院し、七月一四日ギブスを装着したまま退院した後も自宅で療養し、同年九月一六日に至ってようやくギブスを全部外し、その後も同年一二月八日までほとんど毎日通院治療をしたこと、同人は訴外岩木織物株式会社に勤務して一か月平均六万五〇〇〇円の給料を得ていたものであるが、右のような治療のため同年六月三〇日から一二月三日まで同社を欠勤し、そのため同年七月二六日から一二月三日まで四か月八日分の給料二七万七三〇〇円(一〇〇円未満切捨て)と同年下半期の賞与二〇万円との合計四七万七三〇〇円の支給を受けられず、同額の得べかりし利益を失なったことが認められ、右逸失利益は前記警察官の暴行と相当因果関係に立つ損害といわなければならない。原告慎爾は欠勤によって五二万五〇〇〇円の給料および賞与の支払いを受けられなかったと主張し、≪証拠省略≫中には右認定にそう部分もあるが、≪証拠省略≫によれば原告慎爾は訴外岩木織物株式会社より昭和四四年六月二六日より同年七月二五日までの給料は支払を受けていることが認められるので、≪証拠省略≫中右期間給料の支払をしていないとの証明部分は採用できず、他に原告慎爾が右認定額を越える得べかりし利益を失なったことを認めるに足る証拠はない。

2  治療費および治療関係雑費 金一万四二八五円

≪証拠省略≫によれば、原告慎爾が初診料および入院費のうち自己負担分として五九六〇円を、松葉杖の代金として二三〇〇円を支出したことが認められる。

右認定額を越える治療費あるいは治療にともなう雑費を原告慎爾が支出したことを認めるに足る証拠はないが、今日原告慎爾のような傷害を受けた者が入院した場合入院期間一六日であればその間少くとも原告の請求する六〇二五円程度の入院諸雑費の支出を余儀なくされることは公知の事実であるから、同人は一六日の入院期間中に少くとも六〇二五円の雑費を支出したものといわなければならない。

以上合計一万四二八五円の治療費および治療関係の雑費は、前記警察官の暴行と相当因果関係に立つ損害である。

3  ビラ印刷代及び交通費 金一万七〇〇〇円

≪証拠省略≫によれば、原告慎爾は昭和四四年七月四日淀橋警察署に事件の届出をして以後警察側担当者と損害賠償について交渉を重ねたけれども、結局該当事実なしとして損害賠償を拒否されたので、証人を得るため目撃者に協力を求めるビラを配ったこと、右ビラの印刷代として二〇〇〇円を支出したことが認められる。不法行為の加害者が事実を否認している場合に被害者がその権利実現のため目撃証人を捜す必要があることは通常の事態であり、本件において原告慎爾が目撃証人を得るためにビラを配ったことは、同原告の損害賠償請求権行使のためにやむを得ない必要な行為であったということができるから、右ビラの印刷代の支出も、前記警察官の暴行と相当因果関係に立つものである。

原告慎爾は交通費、接待費等の諸費用として合計五万円以上を支出したと主張し、≪証拠省略≫によれば交通費一万五〇〇〇円を要したことが認められるが、接待費等の諸費用については右主張にそう≪証拠省略≫もあるが、その内訳や金額の明細は右各証拠のみをもってはいまだ認めるに足りない。そして右認定の一万五〇〇〇円の交通費については通常本件のような暴行により傷害を受けた場合少くとも一万五〇〇〇円の交通費を要することは当然考えられることであるので、これも前記警察官の暴行と相当因果関係にたつものである。

4  慰藉料 金六〇万円

原告慎爾が平穏にバスを待っていた際に何らの理由もなく警察官から暴行を受けて右大腿骨頸部骨折の傷害を負ったことは一に認定したとおりであり、その治療の経過は1に認定したとおりである。

≪証拠省略≫によれば、原告慎爾は一五才の頃の外傷が原因で右足の膝関節がやや不自由であったが、日常生活や運動、労働には何ら差つかえはなかったこと、本件による傷害の治療後昭和四四年一二月から一応出勤できるようになったものの、昭和四六年一一月頃になっても、歩きはじめる時に右大腿部に痛みを感じ、杖を使用している状態で、走ることやあぐらをかくことができないこと、原告らは前記のとおり淀橋警察署へ事件の届出をして事実の調査を求めたところ、警察側も担当者が原告慎爾から事情を聴取するなど調査をしたが、結局加害者も不明であり該当事実なしとして損害賠償の請求には応じてもらえなかったこと、そこで原告らは前記認定のようにビラを配付して目撃者の協力を求めざるを得なかったこと、右のビラの配布やその新聞報道によって事件の目撃者が名乗り出たので、その旨警視庁および淀橋警察署に連絡したけれども再調査はなされず、損害賠償も依然拒否されたので、やむなく本件訴訟を提起するに至ったことが認められる。

以上のような本件暴行の態様、原告慎爾の受けた傷害および後遺症の程度、事件後の交渉における被告(警視庁)の態度などを総合すると、原告慎爾が本事件によって受けた精神的苦痛に対する慰藉料は六〇万円とするのが相当である。

5  損害賠償請求権の消滅 金一五万三六〇〇円

原告慎爾が、訴外東京実業健康保険組合から、昭和四四年七月二六日から同年一一月三〇日まで一二八日間分の傷病手当金として一五万三六〇〇円の給付を受けたことは、当事者間に争いがない。

そして健康保険法六七条の規定によると、原告慎爾の被告に対する前記逸失利益の損害賠償請求権は、給付を受けた傷病手当金の限度で保険者である訴外東京実業健康保険組合に移転したのであるから、原告慎爾の損害の算定にあたっては、右傷病手当金額を控除すべきである。

6  弁護士費用 金一二万円

≪証拠省略≫によれば、原告らは、被告が損害賠償債務の任意弁済に応じないので昭和四四年九月頃弁護士である本件原告ら訴訟代理人らにその取立を委任し、原告慎爾において着手金二万円を支払い、更に本件訴訟第一審訴訟終了時に勝訴、敗訴にかかわらず報酬として一〇万円を支払う契約をしたことが認められる。そして本件訴訟の難易度、弁護士費用以外の請求の認容額、本件訴訟の経過などを合わせ考えると、右弁護士費用はすべて前記警察官の暴行と相当因果関係のある損害である。

7  以上1ないし4および6の合計から5を控除した原告慎爾の損害額は一〇七万四九八五円である。

(二)  原告とよ子について

1  逸失利益 金一二万五〇〇〇円

≪証拠省略≫によれば原告慎爾は入院中ベッドに寝たきりであったので洗面、食事、排便など日常生活すべてに他人の手を借りなければならない状態であり、退院後も昭和四四年九月一六日にギブスが全部除去されるまでは自由に動けない状態であったので日常生活のすべてに他人の補助を必要としたこと、その後も同年一一月末までは松葉杖を使用し、歩行が不自由で、通院治療を行なうためには他人の付添が必要であったこと、原告とよ子は右のような状態の原告慎爾に付添ってその世話をしたこと、原告とよ子は当時訴外三和樹脂工業株式会社に勤務し日給一〇〇〇円の賃金を得ていたところ、右のように原告慎爾に付添ったため同年六月三〇日から同年一二月七日までの間、同社の定休日、日曜、祭日を除く一三四日間欠勤し、その間の賃金一三万四〇〇〇円を取得できなかったことが認められる。

ところで公権力の行使にあたる公務員の暴行によって直接的被害者が傷害を受け、そのために第三者が間接的に損害を受けた場合でも、加害行為と第三者の受けた損害の間に相当因果関係がある以上その第三者も国家賠償法一条に基づいてその損害の賠償を求めることができるものと解するのが相当である。

右認定の事実によれば、原告とよ子が原告慎爾に付添い世話をするために勤務先を欠勤したために得ることのできなかった一三四日分の賃金一三万四〇〇〇円中少くとも原告とよ子の請求する一二万五〇〇〇円の逸失利益は、警察官の原告慎爾に対する暴行と相当因果関係がある損害といわなければならない。

2  原告とよ子は原告慎爾が警察官の暴行によって重傷を負ったことにより固有の慰藉料請求権を取得したと主張し、原告とよ子が原告慎爾の看病や身辺の世話を尽したこと、原告慎爾とともに警察側担当者との補償の交渉や目撃者捜しに努力したことはすでに認定したとおりであるが、原告慎爾の受けた傷害の程度を考えるといまだ原告とよ子に固有の慰藉料を認めるのは相当でなく、右のような看病や補償交渉による精神的苦痛は、原告慎爾の損害賠償請求が認容されることによって充分償われたものと解するのが相当である。

六  (結論)

よって原告慎爾の請求は金一〇七万四九八五円およびこれに対する事件発生の日以後である昭和四四年一一月七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める部分は理由があるがその余の部分は理由がなく、原告とよ子の請求は金一二万五〇〇〇円およびこれに対する右昭和四四年一一月七日から支払済まで年五分の割合による損害金を求める部分は理由があるがその余の部分は理由がない。そこで原告らの請求は理由のある限度で認容し、その余の部分は棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林信次 裁判官 西村四郎 裁判官西田美昭は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 小林信次)

<以下省略>

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